不軽山 荘厳院 香仙寺

不軽山 荘厳院 香仙寺_直牒洞(じきてつどう)

HOME歴史堂内案内境内案内直牒洞年中行事浄土宗墓地案内年回案内リンクメール

直牒洞(じきてつどう)

≪茨城県指定文化財≫

応永時代(1394〜) 戦火の及んだ瓜連は、住民も難を逃れて空しくなったので、廿六夜さま(了誉聖冏上人)は、単身不軽山にこもることとなった。
瓜連から西南へ十数キロ、丘陵の迫る山ひだを含む一画で、阿弥陀山ともいい、常不軽菩薩が来現して阿弥陀仏像を彫刻し絵うた霊跡と伝えられた山である。

この山ふところに洞窟があって、南に面し陽光を受け窟内は思いのほか明るかった。
今でこそ付近に人家もあるが、当時はうっそうとして天涯無人であった。
食料や飲み水が乏しい中、歳月を経て「決疑鈔直牒」を完成し、その署名からそのまま「直牒洞」と呼ばれている。

遠く昔にさかのぼると、この地域は元修験の道場であったと伝えられている。
洞窟は中央窟が大きく、左右に小窟を配している。
中央窟は窟内8畳あまり、正面奥の壁面には、弥陀三尊、阿弥陀如来座像と観音・勢至立像が浮き彫りにされている。面容円浄、柔和な素晴らしい芸術作品である。












  ← 阿弥陀三尊仏

これを中心に左右につながる側壁には、微かに大日如来金胎両部のマンダラ図相とも覚しきものが、細い線で描かれている。

「宗心」 「未定」

入口には扉の跡らしいものがあり、時の推移が読み取られる。
昭和41年、聖冏禅師史跡直牒洞保全会が結成され、窟内の出入りを規制し、柵を廻らして、香仙寺が管理し後世まで保全することになった。
平成13年、棚の老朽化により新たに新設した。






−・不軽山 荘厳院 香仙寺・−